海を見下ろす巨大墳墓
 五色塚古墳、またの名というか本名称は千壺古墳は垂水の市街地の岡の上に鎮座し、はるか明石海峡から淡路島を見渡しています。立地的に岡の下に播磨国の延喜式内大社、海神社が鎮座し、海を挟んだ向かいにはイザナギの幽宮とも言われた伊弉諾神宮の鎮座する淡路島を見渡しています。以前から気にはなっていたのですが、ふとしたきっかけから立ち寄ってみることにしました。

 場所は地図を見れば判るとおり市街地のどまんなかにあります。もちろん一直線の道なんてありゃしません。しかも案内看板は歩行者向けしか出ていませんので、私らエンヂン付きの乗り物の人らはコースを選んでぐーるぐる。ラリー屋の勘を頼りに走り、地元の人に場所を聞いてやっとこさ発見しましたよ。(別窓で地図が開きます)  
 青いラインがバイクで通ったコース、赤いラインは歩行でのショートカットコース。てかあとから地図見てて気づいたんですが、もっと手前から五色塚に上がる道があったんですね。この辺りは全然土地鑑がないので迷いまくりです。
 
 垂水駅から五色山の市街地を走り、交番のカドを曲がるとぬーっと突然葺き石に覆われた後円部が表れます。いや、これには私もびっくりしましたよ。どんだけデカいかが判るってもんです。いやほんとデカいんだって(笑

 もともとは堀がちゃんと全周に張り巡らされていたのですが、住宅街に削られ、山陽電鉄に削られーと、墳墓本体の一部と南側の堀はすっかりありません。大正時代にはすでに史跡指定されていたようですが、そのときですら手遅れだったようです。
 上の写真からそのまままっすぐ進むと後円部の堀端に出ます。そこには右のような石碑がどどーんと立っており、古墳全体を見渡すことができます。しかしでけぇ・・・・・・、凄まじくでかいですよこれ!!空堀ほ壁面なんてどっから見ても500mバンクです(爆)デジカメの35mm相当のレンズじゃぁ収まりきりません。

 外周をぐるっと西側へ回ると管理棟と小壺古墳という五色塚古墳よりやや年代の古い円墳があります。ここは古来から明石の豪族が葬られた地といいますが、2つも墳墓が並んでるというのもすごいですね。

 管理棟あたりから墳墓を見上げると一面の葺き石で覆われています。ある程度は元々のオリジナルが再利用されているんだとか。葺き石については地質学的に淡路産だろうといわれていますが、それを裏付けるような記述が日本書紀にもあるんだとか。
 
 神功摂政元年春二月の条に「播磨に詣りて山陵を赤石に興つ。仍りて船を編みて淡路嶋にわたして、其の嶋の石を運びて造る」という記述があり、この墳墓の成立時期や石の産地と一致するものだそうです。

 この古墳、特徴的なところがあるのです。マウンドといわれる方墳のようなものが東側に2箇所あるのです。で、その両方から埴輪型の棺が出土しているんだとか。

 管理棟からは前方部に階段で上がれます。で、前方部からはまたもや階段で後円部へとあがれるのです。後円部から眺めると明石海峡から淡路島、大阪湾、遠くは天気がよければ生駒などの山地が見渡せます。明石地方の豪族といいつつ立地的には垂水ですし、明石地方というか東播磨の東の端っこを治めていた豪族の墳墓なんじゃないかな、なーんて私は想像してしまいます。
管理棟前より 管理棟前より
後円部より明石海峡を見る 五色塚と隣接する小壺古墳
取材車両:4EP1 TDM850 J 91
撮影器材:Panasonic P505iS / P700i
(C)1998/2005 Takayuki Kazahaya